アフガニスタン。。そしてケニア
今日は二つ目の投稿です。テレビのニュースでアフガニスタンで起きた悲しい出来事を伝えています。現地に根付き、その土地の人達への支援活動をしてきた方が事件に巻き込まれ命をなくされたと。「行かなければ何も始まらない」とその人は言っていたそうです。そんな意気込みを持った若者が理不尽に命を奪われたことに深い憤りを感じます。と、同時に日本という国の存在がここ4,5年で大きく変わってきたことを海外へ旅することが多い中、私自身も感じていました。7年前は日本政府が多くの学校などを世界の各地で設立することに資金援助を出していて、アフリカやアジアの国々へ行くと、この学校は日本が建ててくれたんだと嬉しそうに話す人々がたくさんいました。ところがここ数年、どうして日本はアメリカの言うことばかり聞いているんだと少し怒りながら聞いてくる人達がいました。このなくなった彼も政治的にどうのということでなく、そこに自分の助けを必要としている人がいるから仕事に従事されていたと思います。
そしてそのような善意すら見えなくなってしまう厳しい環境にさらされている国がたくさんあります。 そんな中、今日ユネスコのパリ本部と連絡を取る機会があり、ケニアプロジェクトがまた始まったことを知りました。私たちのプログラムをこの1月から始める予定であったキスム地区でのパンゲアは大統領選の後の混乱と多くの難民が出たことでユネスコが新規プロジェクトを一旦すべてとめたため、延期されていました。それがまた動き始めたということを東アフリカ統括のユネスコ担当者からも今日連絡が届きました。食べ物があったとしても、それだけでは人が生きていくには十分ではない。子供達が希望を持つことが大切なんだと以前ケニアの外務大臣が言ってくださいました。パンゲアを通し、扉が世界につながっていることを知ることは親族や親をエイズでなくした子供達にとっての希望になると言われたことが忘れられません。パンゲアには小さいながらも安全管理委員会があり、時には無謀なことをしそうな私に客観的なアドバイスと時にはダメだしをする委員会です。 またケニアへ行く機会が出てきますが気をつけようとおもいます。私に何かあったとき、はなぷうがテレビの前で話さなきゃいけないなんてそんなことになっちゃいけないと妙に現実的に想像してしまいました。
そしてそのような善意すら見えなくなってしまう厳しい環境にさらされている国がたくさんあります。 そんな中、今日ユネスコのパリ本部と連絡を取る機会があり、ケニアプロジェクトがまた始まったことを知りました。私たちのプログラムをこの1月から始める予定であったキスム地区でのパンゲアは大統領選の後の混乱と多くの難民が出たことでユネスコが新規プロジェクトを一旦すべてとめたため、延期されていました。それがまた動き始めたということを東アフリカ統括のユネスコ担当者からも今日連絡が届きました。食べ物があったとしても、それだけでは人が生きていくには十分ではない。子供達が希望を持つことが大切なんだと以前ケニアの外務大臣が言ってくださいました。パンゲアを通し、扉が世界につながっていることを知ることは親族や親をエイズでなくした子供達にとっての希望になると言われたことが忘れられません。パンゲアには小さいながらも安全管理委員会があり、時には無謀なことをしそうな私に客観的なアドバイスと時にはダメだしをする委員会です。 またケニアへ行く機会が出てきますが気をつけようとおもいます。私に何かあったとき、はなぷうがテレビの前で話さなきゃいけないなんてそんなことになっちゃいけないと妙に現実的に想像してしまいました。

先週土曜日から月曜日まで二泊三日のパンゲア初の合宿が開催されました。東京・京都・三重よりファシリテータ・技術スタッフ・翻訳スタッフ・アドバイザ・理事など総勢25名が参加。参加者からは「非常に濃い合宿」で「すごく刺激を受け、帰宅後反芻しているうちにまたアイデアが湧いてきてます」という嬉しい声があがりました。最初は親交を深められればいいなぁと実は軽い気持ちで考え始めたのですが、皆さんが自費で参加してくださる中、有意義な時間をと思ううち、いつの間にか全員でパンゲアの今後・コンテンツ・枠組みを自らアイデアを出して参加するワークキャンプになっていました。
分科会の合間には3つのレクチャシリーズがあり、西和彦さんがパンゲアの分析をしてくださったり、石田さんがパンゲアが毎週使っている多言語コミュニティサイトのバックボーンである言語グリッドの話を、永久理事は日本の未来という三人三様の観点からみんなに話をしてくださいました。
みさなん、こんにちは。
今月は、東京でファシリテーターとしてご参加いただいている 大森 美和さんです。
